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大阪地方裁判所 昭和31年(ヨ)1821号 判決

申請人 篠原幸造 外六名

被申請人 株式会社太田鉄工所

主文

被申請会社は申請人等をいずれもその従業員として取扱い、且つ申請人大野に対し昭和三十一年八月十七日以降その余の申請人等に対し同年九月十七日以降それぞれ昭和三十二年一月十六日に至るまで別紙平均賃金一覧表記載の各金員を同表記載の各支払期に支払わなければならない。

申請人等のその余の申請はこれを却下する。

申請費用は被申請会社の負担とする。

(注、無保証)

事実

一、申請の趣旨関係

申請人等は主文第一項前段と同旨及び「被申請会社は申請人等に対し、昭和三十一年八月十七日以降一ケ月につき、別紙平均賃金一覧表記載の金員を、いずれもその二分の一を毎月十五日限り、他の二分の一を毎月末日限り仮に支払え。」との判決を求め、被申請会社は「申請人等の申請を却下する。申請費用は申請人等の負担とする。」と判決を求めた。

二、申請の理由

(一)  被申請会社(以下単に会社という)は土木建築機械及びボイラー等の部分品の修理加工を業とするものであり申請人等はいずれも会社の従業員であつて、且つ申請人山本を除きいずれも中小企業労連全大阪合同労働組合太田鉄工分会(以下単に組合という)の組合員であるところ、会社は昭和三十一年八月十六日午後六時半頃突如申請人等を含む従業員全員(十三名)に対し会社解散を理由に即時解雇を通告した。

(二)  しかしながら、右解雇は左記理由により無効である。

1、組合の結成並に活動とこれに対する会社の抑圧。

(イ) 会社は従来太田武雄の個人企業であつたものを昭和二十八年一月株式会社組織に改めたもので、その後も右太田社長の個人会社として社長及びその家族の意思によつて運営されており、従来の平均賃金(日給)は三百九十円に過ぎず、諸手当は勿論失業保険等の社会保険も完備せず、労務管理についてもほとんど社長が独断専行する封建的環境にあつたため、申請人等はつとに組合結成の必要を痛感していながら、容易に具体化するに至らなかつたが、遂に昭和三十一年七月七日申請人山本を除く申請人等を含む従業員十名を以て組合を結成し、申請人篠原は分会長、同西山は書記長、同静は執行委員となつた。

(ロ) 組合は結成後直ちに夏期手当の要求をとりまとめ、従来「おさい銭」として百円乃至二百円しか与えられなかつたのに対し、七月十一日一律十日分の要求を提出し翌日の団体交渉において会社はその要求を受諾し、五日分を夏祭り(七月二十三日)他の五日分を八月の盆(十四日)に支払うことを約した。

(ハ) 右のような組合の結成及び行動に驚いた会社は、右要求提出の夜分会長である申請人篠原を社長宅に呼びつけ、組合結成の責任者を問いただし、組合結成の不当を力説する等組合を否認し同人を威圧するような言動をなした。

(ニ) 会社は七月三十一日執行委員であつた申請人静に対し臨時工の期間終了を理由に解雇を申し渡したが、組合では、右解雇は組合の切りくずしをねらつた不当解雇であるとして反対闘争の方針を決定し、八月三日以降三回の団体交渉を持つたが、会社側は社長はじめその家族一同で組合否認の暴言をあびせ一向に進展しなかつた。

(ホ) そこで組合は争議態勢に入ると共に八月七日大阪地方労働委員会にあつ旋を申請し、地労委から提示されたあつ旋案(申請人静に対しては八月十五日より再雇用することを含む)に対し、会社側は八月十四日これを受諾し組合としても事態収拾のため誠心努力していた矢先で、あつ旋進行中にも拘らず、会社は同月十六日突如会社を解散したとの理由で全員解雇を強行したものである。

2、会社の解散は経済的にも社会的にも何等の合理的理由がない。

すなわち会社創立当初は従業員は六、七名に過ぎず、ベルト掛旧式旋盤四台、同旧式ボール盤一台を有する零細企業であつたが、事業成績は良好で次第に工場施設を拡大し、順次電動機直結オールギヤ最新式旋盤等計六台、新型ボール盤、ラジアル、ボール盤、二十四吋セーパー、八尺シカル盤、ミーリング、スロッター各一台、その他チェーンボロッコ等重量物取扱諸施設を備えるに至つたもので、現にラジアル、ボール盤は昭和三十年末に新設したばかりであり、従業員数も約二倍半に増加し、最近の鉄工、造船界等の好況に乗つて経営は上昇の一途を辿り受註も多く申請人等も解散直前迄早出残業を要求されていたのである。しかるに会社はその解散数日前より山積していた加工のための受注品を外注したり、又は会社重役の一人である浜岡等に返還して俄に解散を決議したのであり、しかもその直後である八月十六日には相互信用金庫より金百万円の融資をうけている。

3、以上1及び2に表示した諸事情に徴すると、会社の解散は、何等合理的理由なく専ら組合対策として行われたことが明らかである。すなわち、会社は組合の壊滅を意図するばかりでなく申請人等の正当な組合活動を封殺排除するため申請人等を解雇することを目的として解散を強行したものであつて、会社の解散は組合壊滅、不当解雇意図を実現するための一段階に過ぎない。そして本件解雇は右解散と表裏一体のものとして不当労働行為を構成するものである。従つてかかる会社の解散決議はその実質に徴し労組法第七条第一号第三号に違反するから無効であると共に、申請人等組合員に対する解雇はかかる解散に名を藉りてなされた不当労働行為としてその効なく、仮りに解雇と解散とが一体の関係にないとしてもすでに解散が無効である以上前叙理由により本件解雇は不当労働行為として無効であり、又無効な解散を前提とする本件解雇は解雇権の濫用といわねばならない。

仮に前記解散が有効であるとしても、本件解雇は組合を壊滅し申請人等の正当な組合活動を封殺するための手段としてなされたものであるから、本件解雇は不当労働行為として無効である。

仮に会社解散が有効であり、解散にもとづく解雇が不当労働行為にならないとしても権利の濫用として許されないものである。

申請人山本は解雇当時組合員ではなかつたが、前記不当労働行為である組合員全員解雇の道連れとして解雇されたものであるから、会社の解散が叙上のとおり無効である以上、解散を理由になされた仝人の解雇は権利の濫用であつて無効である。

(三)  以上のとおり申請人等に対する本件解雇はいずれも無効であるから、申請人等は依然として会社の従業員たる地位を保有し、会社に対し賃金請求権を有するものであり、その平均賃金月額は別紙平均賃金一覧表記載のとおりである。申請人等は近く解雇無効等の本訴を提起すべく準備中であるが、いずれも賃金のみを以て生計の資とする者であるため、その確定を待つては回復し難い損害を蒙るおそれがあるので、とりあえず本件申請に及ぶものである。

三、被申請会社の答弁

申請人等の主張事実中、(一)記載の事実については全部、(二)記載の事実については、仝(イ)のうち組合結成並に組合役員就任の事実、仝(ロ)の全部(但し七月二十日五日分、七月三十一日二、五日分、八月十五日二、五日分を支払つた)、仝(ニ)のうち申請人静に対する解雇通告並にこれに関して八月三日以降団交をもつたこと、仝(ホ)の全部(但し組合が誠心事態収拾に努力していた点を除く)、(三)記載の事実中申請人等の平均資金月額がその主張のとおりであることは、いずれも認めるが、その余の主張事実は全部争う。

1、会社は数年来毎期欠損続きで経営不振にありながらも従業員の地位向上に努め、昭和三十年九月より失業保険等に加入し、労働環境の向上にも注意を払つてきたのである。

2、申請人等は被申請会社が右のような実情にあることを知悉しながら上部団体である全大阪合同労組に加盟し、昭和三十一年七月七日組合を結成すると同時に、「生活助成金十日分を要求する」外数項目の要求をして来たので、七月十一日の団体交渉で会社は経営の実情を訴えたところ、組合は今後会社のため能率向上に頑張るとの協力的な回答に接したので、当面としては多大の出血ながらこれに応じた。

3、然るに、会社が申請人静(昭和三十一年五月五日臨時工として三ケ月の期間で雇用した)に対し雇用期間満了前の七月三十一日解雇の通告をなすや、組合は右解雇が組合の切りくずしをねらつた不当労働行為であるとして八月二日会社に対し、右静の解雇撤回をスローガンとして闘争態勢に入ると共に団交の申入れをなし会社は組合と団交を重ねたが、意見の折合がつかなかつた。その間同月七日には、会社工場の板塀に「首切反対」等のビラ数百枚を貼りつけ同月九日には総評系の赤旗数十本を押し立て会社の正常な業務の運営を阻害し、無通告の抜打ストライキに突入した。

4、組合は八月七日「右静の件及びストによる不就労時の賃金支払の件」外数項目につき大阪地方労働委員会にあつ旋の申請をなし、地労委より「静均を八月十五日より再雇傭すること、又組合員の不就労時の賃金は四割を控除する」外数項目のあつ旋案の提示がなされたので、会社はこれを受諾した。しかるに組合は右の内、不就労時の賃金四割の控除を不満としたため妥結するに至らず依然としてストを継続するに至つた。かくするうち会社の主な取引先の注文が期日までに完成せず、取引停止処分を受けたため、経営の維持は不可能となつた。

5、ここにおいて会社は八月十五日臨時株主総会を開き会社の運営につき討議したところ、株主も同様の結論に達し満場一致を以て同日解散決議がなされ、解散登記をすませ清算事務に入つた。そこで会社は八月十六日従業員全員に口頭を以て会社解散に伴う永久工場閉鎖による解雇の通告をなし、次いで解雇予告手当も所轄法務局に弁済供託したので有効に解雇の効力が生じたものである。

6、以上の次第で会社は組合切りくずし等の行為をしたことはなく、株主総会において会社の経営不能に基因して解散決議がなされ、会社としては企業再開の意図もない。従つて会社の解散に基いてなされた本件解雇は有効であり、何等不当労働行為を構成しないから、本件申請は理由がない。

四、疏明関係〈省略〉

理由

一、解雇通告

申請人等が土木建築機械及びボイラー等の部分品の修理加工を業とする被申請会社の従業員であつて申請人山本を除きいずれも総評系中小企業労連大阪合同労組太田鉄工分会の組合員であるところ、会社が昭和三十一年八月十六日午後六時半ごろ申請人等を含む全従業員に対し会社解散を理由に即時解雇を通告したことは当事者間に争なく、会社が仝年八月十五日の臨時株主総会において解散決議をなしたことは成立に争のない乙第五号証証人太田淑子の証言により認められる。

二、解散並に解雇に至る経過

申請人等は右解散は申請人山本を除く他の申請人等組合員の正当な組合活動を理由に申請人等組合員全員を解雇して組合を壊滅させるためになされたもので、本件解雇と一体の関係において不当労働行為として無効であり、申請人山本はその道連れとして解雇されたものであるから、これ又解雇権の濫用として許されないと主張し、被申請人は事業の経営不振に加えて組合の非協力的行動により事業の継続不能に立至つたため企業を解散して全員解雇するに至つたもので右解散並に解雇はすべて有効であると主張する。

そこで右解散並に解雇の効力を検討するに先立ち、これに至る経過を探求してみよう。

1、会社は太田社長の個人会社であつて、企業の所有と経営との分離されない町工場式小企業である。

証人太田淑子の証言(一部)に申請人篠原幸造、同西山忠司各本人尋問の結果、検証の結果を合せ考えると次の事実が認められる。会社は昭和八年以来太田武雄の個人経営に係る企業を昭和二十八年一月十三日資本金五十万円の株式会社組織に改組したものであるが、株主といつても代表取締役社長の太田武雄及びその長男昭(監査役)を除いては、いずれも会社の得意先、材料仕入先、或は社長個人の親友であつて株主に対しては嘗て利益配当をしたこともなく、会社の資産としては設備機械類約三百万円相当を有するほかみるべきものなくその工場建物は社長個人の所有で会社が賃借する形式が採られていて、工場に隣接する社長の居宅の一部が会社事務所にあてられ、太田社長並にその家族(長男昭、次男雄也、長女淑子)がそれぞれ役員又は従業員として会社に就労勤務して事業運営に当る外、役員従業員でもない太田社長の妻すら会社の経営に参劃しているのに、太田一族を除いた他人重役は全然会社の経営に関与していなかつた。又従業員数も太田一族を除けば発足当初僅かに六、七名に過ぎず、本件解雇当時で十四名を擁する程度であり、給与面でも太田社長の家族従業員の実質給与は他の従業員に比し相当高率を占めていた。これらの事実並に右会社発足当時においても個人企業に税率が重くそのため個人企業を会社組織に改組する傾向があつたという周知の事実に照してみると、株式会社への改組も主として税金対策を考慮した措置と推測するのが相当であつて、会社とは言うものの、その実権は依然として太田社長個人の掌握するいわゆる個人会社として、企業の所有と経営との分離されない町工場式小企業であることが窺われる。証人太田淑子の証言中右認定に反する趣旨の供述部分は信用しないし、又仝証言による株主構成並にこれらの株主による前記株主総会の解散決議(乙第十一号証参照)によつても右認定を覆し得ない。

2、労務管理

前記申請人各本人の尋問の結果に成立に争のない乙第一号証、第十三号証の一乃至七を合せ考えると、次の事実が認められる。

会社は前示のように太田社長の個人会社としてその独裁的経営に係る町工場式小企業であつたから、就業規則の制定もなく、従業員に対する労務管理も同人の独断専行に委ねられ、従業員はその地位改善を申し出ても頭から抑えられるのみか却つて社長の意に副わぬ者として陰に陽に嫌がらせをうけて離職のやむなきに至る環境に置かれていた。失業保険も昭和二十八、九年ごろから会社に申し入れていたが、昭和三十一年八月中ごろ漸くその資格を得たに止まる。従業員は月二回の休日を与えられるが、仕事の忙しい時には早出残業は勿論、その休日(日曜)にすらも就労を求められることがあり、日曜出勤に対して労働基準法所定の割増手当はないし、残業には一割二分の割増手当が支給されるのみで、深夜作業についても昭和三十一年四月ごろから漸く基準法どおりの割増手当が支給されるようになつた。従業員の平均賃金は太田社長の家族従業員を除いて従来日給三百三十円程度で右四月ごろから日給三百九十円(この点争いがない)に引上げられた。夏期には「おさい銭」として百円乃至二百円が与えられていたに過ぎない(この点も争いなし)。このようにして従業員は太田社長の独裁的封建的な労務管理の下で、労働条件にも恵まれず、その地位は不安定で身分保障の如きは殆んど期待できない状態であつた。そのため従来従業員間に労働組合結成の動きがあつたが、会社側の絶対反対の威勢に押されて容易に具体化するに至らなかつた。

3、組合の結成並に活動とこれに対する会社側の態度

イ、申請人山本を除く他の申請人等を含めて従業員十名が昭和三十一年七月七日労働組合(中小企業労連全大阪合同労組太田鉄工分会)を結成し、申請人篠原が分会長、同西山が書記長、同静が執行委員となつたこと、組合が結成後間もない七月十一日夏期手当として一律に平均賃金三百九十円の十日分を要求し、翌日の団体交渉において会社がこれを受諾したことは当事者間に争がない。

前記各本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。組合は七月十日口頭を以て太田社長の長男の太田昭監査役に対し前記夏期手当の要求をなしたところ、仝人から「従業員の働きが足らないし皆が組んでいる」といわれて右要求を拒否されたので、翌十一日文書(乙第二号証)を以て再度右要求を申し入れたのであるが、同夜太田社長は組合の責任者を自宅に呼びつけ、社長の長男等の居合せる面前で応待に出向いた分会長の申請人篠原に対し、「なぜ組合を作つたか、誰が責任者か、君は組合が結成されるような場合にはこれを抑えんといかんのに(篠原は個人企業当時の昭和二十七年四月から雇用されている古い従業員である)、組合の責任者になるとは何事か、こんな小さい工場には組合は要らん」と言う等組合の結成を嫌悪し組合を抑圧するような言動をなし、翌十二日組合の上部団体である中小企業労連の専従書記の石飛普康からも太田社長に対して「組合を認めんというようなことを今ごろいうていたらあかん」等と啓蒙する程であつた。

ロ、前記各本人並に証人の供述、申請人西山の供述により成立の認められる甲第一号証、成立に争のない乙第三号証の一乃至三、同第四、第五号証証人太田淑子の証言により成立の認められる乙第十一号証を合せ考えると、以下後記(ハ)に至る各事実が認められる。

会社が七月三十一日申請人静均に対し臨時工としての雇用期間満了を理由に口頭で解雇の通告をしたが(この点は争いなし)、組合は、会社において組合をつぶす方策を講じているとの風評を耳にしていた矢先である上に同人が組合の執行委員であること、従来会社は随時会社の都合により解雇するのが常態であつたこと、並に組合に対する会社の従来の態度等に徴し、臨時工で雇用期間の終了という会社の右解雇理由は単に口実に過ぎず、実際は組合の切りくずしを狙つた不当解雇であるとして、反対闘争の方針を決定し、八月二日右解雇の件につき団体交渉の申入をなし、翌三日の団交で意見の一致をみなかつた。そこで組合は右解雇の撤回要求の貫徹を期して八月七日争議態勢に入ると共に地労委に対してあつ旋申請し八月九日、十二日には要求事項として右解雇撤回の外に現在の従業員はすべて本雇であることを確認し、今後組合員を解雇する場合は組合と相談し、その承認を待つてから行うこと、労働基準法に基く休日(日曜)出勤手当を支払うことの二項目を追加して会社と団体交渉を重ねたが、交渉妥結に至らなかつた。

その后八月十四日地労委から労使双方に対し、

一、会社は静均を八月十五日付再雇用すること

二、会社は可及的速かに就業規則を制定すること

三、会社は今次紛議に関連した組合員の不就労時間に対する賃金はその四割を控除する。但し団交所要時間は不就労時間に含めないこと

四、組合は既往の賃金に関する請求をしないこと

五、組合は直ちに争議態勢を解いて平常の状態に復すること

を内容とするあつ旋案が提示され、会社はその場でこれを受諾(静が八月十五日付で再雇用せられたことは当事者間に争いがない)したが、組合側は右あつ旋案第三項の賃金カツトの点につき更に会社と団交する必要があると主張し翌十五日まで回答の猶予を求めた。そして翌十五日組合と会社との間に団体交渉がもたれたが、会社側から組合に対し上部団体と手を切れとの発言もあつて、前記不就労時間の査定に関して妥結しなかつたため、組合は右十五日中に地労委に対して受諾の回答をなすに至らなかつた。

このようにして地労委のあつ旋がまとまらずにいる間、太田社長は一方では病と称して地労委並に八月十二日、十五日の団交に出席しないでおり乍ら、すでに八月十三日には相互信用金庫から百万円の融資をうけて将来に備えると共に、他方では会社側が右あつ旋案を受諾した日の翌十五日夜急遽臨時株主総会を開き太田社長の主導の下に解散決議をなし、従業員に対する措置としては解散を理由とする全員解雇が諒承され、社長自らは清算人に就任する手続がとられ、次いで翌十六日午後六時半すぎ冒頭説示のように解散を理由とする全員即時解雇が突如として通告されたのである。

ハ、争議態勢と業務阻害の有無

組合は右ロ、説示のとおり八月七日以降争議態勢に入ると共に工場に総評系の赤旗を翻し、工場の板塀に首切反対等のビラを貼りつけたとはいえ、右八月十六日の解雇通告のなされる直前まで申請人等全従業員の就労作業は続けられていたのである。もつとも八月八日には組合員が就業開始時刻の午前八時になつても出勤して来ないので、会社側で工場の戸を閉めていると、午前九時ごろ漸く出勤して来たが、社長は同人等と押問答したあげく就労させなかつたことがあり、八月九日及び十五日の団交は就業時間内の午後三時又は午後三時半から行われ、又組合員が時には就業時間中に寄々集つて首切反対のことを話し合つていたこともあつて、闘争態勢下にある間は平常に比し、作業能率が多少低下したことは否めないにせよ、組合員が継続して意識的に怠業したとは認められないのである。組合員は一方で闘争争態勢をとり乍らも、他方では引き続き就労していたのであつて、組合が争議行為に訴えずに会社の正常な業務運営を著しく阻害したことは認められない。この点につき組合が無通告の抜打ちストライキを継続敢行した趣旨の被申請人の主張はこれを認める何等の疏明もない。

却つて申請人静の解雇を契機として組合が闘争態勢を強化するにつれて会社は当時工場内に山積していた受注品を注文先に返還したり、外注に廻したりして作為的に従業員の仕事を減らしていたのであつて、太田社長は太田鉄工の仕事が終つたときに争議は終了すると洩らしていた。これら受注品については、当時従業員に対し納期切迫を告げて作業を督励していたわけではなく、又多少納期の遅れることは極く普通のことであつた事実に徴すれば、証人太田淑子が大成建設株式会社から履行遅滞を理由に取引停止処分を受けたと証言する部分はにわかに信用し難い。

4、会社の営業状態

前記各各本人並に太田証人の証言、申請人西山の本人尋問の結果により成立の認められる甲第一号証、第二号証の一、二に検証の結果を合せ考えると、次の事実が認められる。

会社は発足当初従業員六、七名に過ぎなかつたが本件解雇当時には十四名に増員していたことは既述のとおりであり、又施設も当初のベルト掛旧式旋盤四台、同旧式ボール盤一台、十八吋セーパー一台、八尺シカル盤一台程度だつたのに比し、現在では最新型オールギャー十二呎旋盤一台外ベルト掛改造型等の旋盤五台、その他新型ボール盤、ラジアルボール盤、二十四吋セーパ、八尺シカル盤、ミーリング、スロッターの各新式機械一台、チェーンボロッコ等を備えこの間設備を漸次拡充強化するに至り、大成建設株式会社、安宅産業その他堅実な得意先を持ち、受注も豊富で、従業員は昭和三十一年七月中はずつと残業していた程で、賃金の遅欠配は未だ嘗てなく、小企業とはいい乍ら、その経営は昭和二十九年ごろから極めて順調の一途を辿つていた。右七月末ごろ工場内に山積していた受注品が太田社長によつて作為的に減少したことは、前記3のハで説示したとおりである。解散に当つても取引先等の債権者と何等の折衝もせず、従前差押その他の強硬手段をとられたこともない。

三、解散並に解雇の効力

1、解散の効力

右二、に説示したところを彼此綜合することによつて次の事実が認定される。町工場式小企業の会社を独裁する太田社長及びその一族は労働組合の活動に対する理解を欠いていたばかりか、小企業にとり組合は有害無益な存在と観念し、むしろ組合の結成並に組合活動の活発化につれて益々組合を嫌悪する念強く愈々反組合的意図を牢固として抱懐していたことが窺われると同時に会社が被申請人の主張するように解散当時経営不振の状態にあつたものとは到底認められない。

もつとも証人太田淑子の証言によれば、前記各機械は会社及び太田社長個人の資産を担保にする等して銀行又は信用金庫からの借入金を以て購入し夏期手当も一部機械の売却代金を以て支払に充てた事実を認めるに足るが、右事実を以てしてはいまだ前記認定を覆すに足りない。

更に本件会社のようないわゆる中小企業の経営が決して容易でないこと、他方中小企業における労働組合が結成匆々往々にしてその企業の実態を無視しその有する経済的能力以上の労働条件を一期に要求獲得しようとする傾向のあることは否定すべくもないとはいえ、本件においてはいまだ会社の能力の堪えない程の組合要求又は企業意欲の喪失を首肯せしめるに足る程の激烈違法な争議行為があつたものとは到底認めることができない。組合の前記のような争議態勢を目して会社に対する非協力的行動として批難することの当を得ていないことは勿論であつて、組合のかかる争議態勢による作業能率の多少の低下が会社の正常な業務運営を著しく阻害したとも思われない。会社側が前記のように従業員の仕事を減少させた作為的行動は組合のかかる争議態勢に対する対抗策としかみられない。従つて、会社は、企業内に組合さえ存在しなければ、当時かかる行動にも出なかつたであろうし、企業を維持存続させて行く意思を十分に持合わせていたであろう。

然るに、会社は組合のかかる争議態勢下僅か数日にして解散決議をなしたものであつて、その間受注品を工場外に搬出して会社の仕事の作為的減少をはかり資金的準備をなす一方、他方病と称して太田社長の出席しないところでは、事業継続を前提とする地労委のあつ旋案を受諾し、同あつ旋案の一条項をめぐつて組合と団交をもち、妥結への努力を続けているかにみえた。紛議のきつかけとなつた静の解雇問題に関する限りすでに解決をみていたのである。然るに会社は右あつ旋案受諾の翌日、しかも右団交の直后、一夜の中に卒然として解散決議を強行するに至つた。

以上認定の各事実と会社が前記の如く太田社長の独裁するところの企業の所有経営の分離されない個人会社であつて、経営順調にして企業能力を有していること等を綜合すると、太田社長の主導の下になされた右解散決議は事業不振又は組合の業務阻害のため将来会社を維持運営してゆく意欲を喪失した結果によるよりは、むしろ企業の所有並に経営者において組合を極度に嫌悪し申請人等全従業員を解雇して組合を壊滅する意図の下になされたものと認めざるを得ない。そして、かかる意図を決定的原因としてなされた右解散決議は、その意図する解雇による組合壊滅と表裏一体をなすものである。

ところで、企業は資本と労働力を包摂し、労働力を離れては存立し得ないものであるから、企業の廃止は資本の解体のみならず、その労働力の処分を必然的に伴うのであるが、かかる労働力の担い手としての労働者にとつては、その企業が自己並に家族の社会生活を可能ならしめる母胎であり、その労働者としての地位向上のためには、労働組合を組織し団結の力によつて使用者と対等の立場で交渉し団体行動に訴えるところのいわゆる団結権が憲法、労組法において保障せられている。労働者の自覚の下に組織された労働組合の健全な発展を保護することは、現在の社会的経済的秩序の要請といわなければならない。従つて、企業主体の有する企業廃止の自由(憲法第二十二条の職業選択の自由、商法第四百四条第二号)と雖も、今日においては絶対無制約のものではなく、かかる社会的秩序の要請する制約に当然服さなければならない。企業廃止の自由は濫用されてはならないのである(憲法第十二条、民法第一条第三項)。殊に企業別組合の形態のもとにおいては会社の解散は従業員の解雇並に組合の解体消滅を伴うから企業能力を有する会社が、労働組合の合法的組織活動を弾圧し全組合員を解雇することによつてこれを壊滅させることを決定的原因として企業を廃止することは、すでに企業廃止の自由の濫用として許されないところであり、現在の社会的秩序に著しく背反するものといわなければならない。このようなわけで、本件解散決議は憲法第二十八条、労組法第七条第一号第三号に違反し、従つて企業廃止の自由の濫用であると同時に公序良俗に違反するものとして無効であるといわなければならない。

2、解雇の効力

すでに解散決議が右のような理由によつて無効である以上、かかる解散を根拠とし且つこれと表裏一体の関係においてなされた申請人篠原以下六名(申請人山本を除く)に対する解雇は不当労働行為を構成すること明かであるから、無効といわなければならない。

又組合員でない申請人山本についても、前記解散決議が無効である以上、かかる解散を理由としてなされた解雇は、解雇権の濫用として効力を有しないといわなければならない。

四、結論

申請人等に対する本件解雇は以上の次第でいずれも無効であるから、申請人等は依然として会社の従業員たる地位を保有している。そして会社が本件解雇通告後、解散を理由に企業閉鎖の状態にあることは、弁論の趣旨に徴して争いのないところであり、かかる企業閉鎖が会社の責に帰すべき事由によつて招来せられたものであることは前記認定に照して明かであるから、申請人等は民法五百三十六条第二項本文に基き依然として賃金請求権を有するものといわなければならない。その賃金債権の額は労基法所定の平均賃金によつて算定するのを相当とするところ、申請人等の平均賃金月額が別紙平均賃金一覧表記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。従つて、申請人等は会社に対し仝一覧表記載の賃金請求権を有するわけである。その支払期が毎月十五日限り二分の一、毎月末日限り残りの二分の一であることは、申請人篠原の供述により認められる。

次に仮処分の必要性について考えてみるのに、申請人等がいずれも会社からの賃金を以て生計の資としている者であることは明かであつて、会社の解散、解雇の措置によつて自らの生活危機を招来すると仝時に、組合の危機にも直面していることも推察できるのであつて、本案判決の確定をまつては回復し難い損害を蒙るおそれのあることは明かであるから、当面の生活危難並に組合の危機を緊急に排除するため仮処分による保全の必要があるものといわなければならない。

更に保全の必要の程度に関しては、申請人大野を除く他の申請人等六名が会社の弁済供託に係る八月十七日以降一ケ月分の解雇予告手当の供託書をその代理人を通じて受領していること(成立に争のない乙第七号証の一乃至六、第九号証に徴して認められる)、会社が企業能力を有するとはいつても小企業のことであるから現在のような企業閉鎖の状態を続ける限り、いつまでも賃金債権の負担に堪えないこと、組合が会社を潰すような事態も極力避けるべきであること等を斟酌し、当裁判所としては、労使間の将来の団交による企業再開を期待する趣旨の下に申請人等の地位保全及び金銭給付の点につき主文第一項後段記載どおりの金員の支払を命ずるのを相当と思料する次第である。よつて申請人等の本件仮処分申請は右の限度において正当として、保証を立てさせないで認容しその余は失当として却下し、申請費用につき民事訴訟法第九十二条を適用して被申請人をして全部負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 木下忠良 黒川正昭 野田栄一)

(別紙省略)

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